アメリカを売った男

アメリカを売った男(Breach)
★★★
監督:ビリー・レイ
出演:クリス・クーパー, ライアン・フィリップ, ローラ・リニー, デニス・ヘイズワーズ

地味だがいい作品である。じゃあなんで★3つなんだという話になるが、期待値がちょいと高すぎたのだ。監督は『ニュースの天才』でウソつきが追い詰められていく過程をギャグスレスレになるまで見事に浮き彫りにしたビリー・レイ。ご贔屓女優のローラ・リニーも出てる(この人メリル・ストリープ系統の女優と思うのだがどうだろう?毅然とした顔にフッと浮かぶ笑顔がたまらなく萌えるのだが)。さらにカメレオン俳優クリス・クーパーアメリカを20年裏切っていたFBI捜査官ハンセンときてる。これで期待するなというのが無理ってモノだろう。

ところがである、この作品、20年間アメリカを売ってきた男の話なのに、なぜ国を裏切り続けてきたのか、その動機に踏み込まないのだ。それどころか逮捕された直後にさまざまな可能性を本人に挙げさせた上で「動機になど意味はない」とバッサリ言わせてしまっている。いや、動機に意味がないはずがないのだ。20年間同僚をだまし、何十人ものスパイを死に追いやった男の心の中に何があったのか、そこには底知れぬ闇があったはずなのだ。その闇を私は知りたい。しかしハンセンも作り手もそこには意味がないと言う。なぜだろうか?過ぎ去ってしまったことだからか?
最後の犯行は自分に価値があることを示すために行われたものだった。もちろん監視がついていることに感ずいた上で行っている。監視している連中に自分がいかに価値があるかを誇らしげに見せびらかしているかのようですらある。ここには明らかな動機とそして意味がある。なにより人間性が感じられる。
20年間の意味のない動機のない犯行と1日の意味を持った動機のある犯行。後者にはハンセンの人間性を感じさせ、映画的醍醐味があった。

あるいは邦題にひっぱられたのかもしれない『アメリカを売った男』。このタイトルだとアメリカを売った男の半生(売った動機を含む)を期待せずにはいられない。一方原題の"Breach"には「違反」「不履行」「不和」「中断」などいろいろな意味がある。ローラ・リニーライアン・フィリップに最初に与えた任務はカモフラージュの「不履行」な任務であった。ライアン・フィリップはハンセンの正体を暴くために、彼の部下でありながらさまざまな「不履行」を重ねていく。そしてハンセンはアメリカに大きな「不履行」を働いた。原題からいくと、なるほど軸はずれていない作品ではあったかな、とは思うのだ。

期待したものと出されたもののズレが原因の★3つなので、力作であることは間違いないです。しかし炭坑夫がここ数年で偉くなったもんだなー。CIAにFBIに石油会社の大物だぜ。