ミスト

ミスト(The Mist)
★★★★(☆増やしました)
監督&脚色:フランク・ダラボン
原作:スティーブン・キング
出演:トーマス・ジェーン, マーシャ・ゲイ・ハーデン, トビー・ジョーンズ, ウィリアム・サドラー

アメリカでキリスト教研究をしている教授の助手をしていた学生と知り合いになって色々と話をしたときに「メガチャーチ」という興味深い存在を教えてもらいました。彼はこの「メガチャーチ」のフィールドワーク研究を手伝っていたのですが、これは現在アメリカで増加しつつある教会の一種です。いわゆる「教会」というと小さなものから大聖堂的なものまで想像しますが、「メガチャーチ」はそんなものなど問題にならないほど巨大な施設で、中には娯楽施設からスーパーマーケット、各種販売店、そしてスタジアムサイズの講堂を抱え込んでいます。大型ショッピングモールに教会が付いているようなイメージでしょうか。毎週日曜日には周辺の各家庭から車が「メガチャーチ」を目指し、人々はスタジアムのような講堂で牧師の熱狂的な説教に聞き入ります。
映画だけ見ているとアメリカは大都市の集合体と錯覚しがちですが、アメリカの大部分は実は田舎です。広大な土地に家がまばらという風景は珍しくありません。「メガチャーチ」はそういった田舎で増殖しつつあります。そして、スーパーマーケットや各種販売店、娯楽施設を抱える「メガチャーチ」はその田舎地域に大規模な雇用と娯楽を提供しています。
問題なのはこの「メガチャーチ」が基本的にキリスト教右派のグループ(福音派が多いそうです)が運営している点です。キリスト教右派は進化論を否定、あるいはインテリジェントデザイン的なアプローチで進化論をキリスト教に組み込み、当然堕胎は神の教えに反するという超保守的なグループです。さて、雇用を生み出し、日常生活に必要なものが全部揃うこの「メガチャーチ」を利用するにはそこの信者であるべきだというプレッシャーが住民に押し付けられます。結果、キリスト教右派が増加し、これが現在のブッシュ政権を支える大きな基盤となっています。

『ミスト』を見終えたときに頭に思い浮かんだのは、まさにこの「メガチャーチ」の存在でした。霧により閉鎖された空間、外に出れば得体の知れない化け物に命を狙われる。そのようなギリギリの状況でマーシャ・ゲイ・ハーデン扮する女はこれこそは神の教えに背いてきた人間に与えられた罰だと説教をし、今こそ贖罪が必要だと唱えます。彼女の言っていることはみなキリスト教右派の教えに沿ったもので、スーパーマーケットに篭城して選択肢が失われた住民たちは彼女の声に耳を傾け、次第に彼女の信者となっていきます。
仕事も娯楽も選択肢が「メガチャーチ」しかない田舎のアメリカ人が「メガチャーチ」の信者になり、キリスト教右派の反リベラルな体制を支持していく姿がスーパーマーケットの中で起っている事態から透けて見えてきました。生贄として兵士が刺し殺されるシーンがありますが、キリスト教右派が支持するブッシュ政権が未だに続けているイラク戦争で犠牲になっている兵士たちはまさにキリスト教右派たちがさしだしている生贄といえるのではないでしょうか?「メガチャーチ」の信者たちがイラクの絶望的な状況を悪化させてると換言することも出来るでしょう。霧の中のスーパーマーケットは現在のアメリカの縮図となっていると言えます。
この作品は絶望の物語です。絶望的状況では信仰すら救いにはならず、むしろ状況を悪化させる厄介な存在として描いていると思いました。

『ミスト』そのものの話になってないやんけ!というツッコミがそろそろ入りそうなので本編に話を振りますが、ホラー映画としては完璧といってもいい出来です。霧の中の怪物たちの不気味さ、閉鎖状況でパニックに陥る人間の心理、各人物の行動動機、しっかりと描かれています。まっすぐ平行に進んでいたロープが突然上向きに、急速度で走り出すシーンは間接的に外の状況の恐ろしさを描いた秀逸なシーンでしょう。一方で直接的なショックシーンも容赦なく、生きた人間から虫的なものがモゾモゾと集団で走り出してくるシーンなどぞっとさせられます。そしてエンディングは、そこに至るまでの絶望的な過程を見た人間にとってはそれ以外にはありえない必然的なエンディングであると言えます。希望を捨てなかった人間を描いた『ショーシャンクの空に』の監督が、希望を捨ててしまった人間のとる行為を描いているというのはなんとも皮肉な話です。

良い映画というものは思索を見た映画そのものからさらに別の方向に広げさせてくれます。今回の感想が「メガチャーチ」の話から始まったように、思索がこの映画以外のところに広がっているので、『ミスト』は優れた作品だったのだと思います