アキレスと亀

アキレスと亀
★★★★
監督&脚本:北野武
出演:ビートたけし樋口可南子,柳憂怜, 麻生久美子中尾彬伊武雅刀, 大杉漣大森南朋

『監督・ばんざい』のインタビューで『TAKESHIS'』では役者としての北野武を、『監督・ばんざい』では監督としての北野武を破壊して、次回作では映画の枠組みそのものを壊したい、などと物騒なことを言っていたので戦々恐々として見に行ったのですが、人が死にまくるのにまっとうな映画になっていて逆にびっくりしました。

ゼノンの「アキレスと亀」のパラドックスは映画のオープニングで玄田哲章の声で説明されますが、要するにある特定の距離と速度の条件下でアキレスと亀を同時に走らせると、本来足の遅いはずの亀にアキレスは追いつけないと言うものです(アシモフのSF短編にこのパラドックスを使った作品があったような気がするんですけど、覚えてる人いたらコメントください。同じパラドックスを人間を縮小化することで再現するという話なんですが)。
ということでこの作品、上映が始まってすぐにアキレス=主人公、亀=成功で、主人公がどんなに努力しても、才能がない(何しろ画商に言われるがままに作品のスタイルを変えてしまう核のない芸術家なのだ)限り成功には追いつけない、という話なのだなと思ってみていたのですが、驚いたことにラストで「アキレスは亀に追いついた」とテロップが出るのですね。ということはアキレス=主人公/亀=成功、という図式が崩れます。アキレスが主人公であることは間違いないので、じゃあ亀はなんなんだろうと考えたところ、それはアキレスの芸術を理解し、着いてきてくれる伴侶を取り戻すと言うごくありふれた小さな幸せなのではないかと思いました。才能がなくても小さな幸せに追いつくことはできる、そんな優しさがにじみえたラストには涙すら流れるのですが、武映画らしく突発的に人が死にまくります。
基本的にギャグというのは不条理が生み出すものであり、それは死も同じなので、武映画ではギャグと死が同じベクトルで突発的に発生するのではないかな、と思うのです(『3−4×10月』なんかそれが端的に出た映画ではなかったかな)。

ともあれ、ここ2作迷走していた感のある武映画ですが、ようやく本筋に戻ってきたと言う実感を得ました。次回作は『座頭市』に続いての時代劇と言うことで、エンターテイメントに針が触れて面白い作品になるのではないかと期待しています。