ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破:★★★★★

総監督&脚本:庵野秀明
監督:摩砂雪, 鶴巻和哉

期待を大いに上回る大傑作である。間違いなく今年のベストワンである。上映早々「スタジオカラー」のロゴで庵野は「帰ってきた」と観客にキューを出している。『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』の監督が、彼の原点の「音」をファンファーレに堂々の帰還をとげたのだ(もっともその「音」が数あるシリーズの「音」の中でも「あの音」と気づいたのはエンドクレジットを見てだけど)。
序破急の「破」は「破壊」の「破」でもあるが、「破壊」があってこそ新しい物語は「創造」される。我々の知っていたネガティブ思考の内省的な「3歩進んで4歩下がる」碇シンジの「物語」は開巻早々に今作を象徴する歌とともに「破壊」され、彼が挫折と苦難を乗り越え熱い漢(おとこ)に成長する「物語」として新たに「創造」され次作にバトンを渡す。そう、今回の新劇場版ではシンジは「成長」するのである。それは他の人間も同じで、特にあの人物の「成長」は新劇場版の物語を完全に、オリジナルシリーズの物語とネガとポジ、ハレとケの関係に置き換えるものである。オリジナルシリーズは視聴者を終わらない思考の円環に閉じ込めてしまった。しかし「破」の展開でついに、十余年の時を経て視聴者がその思考の円環から脱出するメドがついた。まるでいつまでも26曲目でリピートするシンジのSDATが27曲目にスキップしたかのように。
正直に言おう。筆者はオリジナルシリーズの終わり方は大嫌いである。「庵野め、逃げやがった!」と腹を立て、『新世紀エヴァンゲリオン』という作品のファンになったという事実にフタをして脳の片隅に捨て置いてしまった高3の夏。言うなればあの時に庵野監督から莫大な不良債権を押し付けられたといえよう。しかしその債権は巨額の利子が付いて返済された。シンジとあの人物の終盤の台詞と手の演出には涙が噴出した。そして確信した、庵野は「帰ってきた」のだ、稀代のエンターテイナーとして!それに答えるべき言葉は「オカエリナサイ」しかない。次回作は間違いなく『YOU SHOULD (NOT) BE ALIVE』[注](“ALONE”“ADVANCE”とこれまで頭韻を踏んできたので)というサブタイトルを冠し、人と触れ合うこと、他者とのコミュニケーションで傷つくことを恐れない「生」を選ぶシンジの笑顔で物語は大団円をむかえ、観客は十余年前に得られなかったカタルシスをついに得ることとなるだろう。

[注]当初のエントリーでは『YOU CAN (NOT) BE ALIVE』にしたがそれだと今回と助動詞が被るので変えてくると思いSHOULDにした。「生きるべきだ!」『もののけ姫』の「生きろ!」をホーフツさせるが、そういえば『The End of Evangelion』も同じ年の夏に公開であった。(6/29)